秘密
その日。
結局佐野君は来ないまま、面会時間終了の30分前になってしまっていた。
代わりに夕方に成美さんが来てくれて、先日話していた例のブレスレットを持ってきてくれた。
今私の左腕にあるそのブレスレットを見つめてみるけど、やっぱり知らないブレスレットにしか見えなくて。
でも、これは間違いなく私の物らしいんだけど、見覚えがなくて、もどかしさが増すばかりだった。
「茜おにいちゃん、今日来なかったね…」
隣のベッドからまりあちゃんがしょんぼりしたように聞いてきて。
「うん…、お兄ちゃんも忙しいんだよ」
「明日は来てくれるかな?」
「そうだね。明日はきっと来てくれるよ」
私は自分にも言い聞かせるようにそう答えた。
佐野君。
明日は来てくれるよね?
−−コンコン…
ノックの音がして、私の心臓が一気に跳ね上がった。
「あっ!お兄ちゃんかな?」
嘘?ホントに佐野君?
ずっと横になってたから前髪跳ねてないよね?
私は慌てて前髪を整えた。
引き戸が開かれてそこに居たのは。
「パパ!」
「まりあー、なかなか来れなくてごめんなー」
その人は今日初めて見るまりあちゃんのお父さん。
「わあい。パパだー!おねえちゃん。パパが来てくれた!」
まりあちゃんのお父さんは単身赴任中で、仕事が忙しいらしく、なかなかお見舞いに来てくれないってまりあちゃんがよく寂しそうに言ってた。
嬉しそうなまりあちゃん。
「よかったね、まりあちゃん、パパが来てくれて」
「うん!」
「君が奏ちゃん?家内から話は聞いてます。はじめまして。まりあがいつもお世話になってるみたいで、ありがとう」
「あ。はじめまして。いえ、こちらこそ、まりあちゃんが居るから、退屈だと思っていた入院生活も楽しく過ごせています」
私はまりあちゃんのお父さんに、ベッドの上から失礼かも知れないけど、ペコリと頭を下げた。
「ホントに綺麗で礼儀正しいお嬢さんだね。家内が言ってた通りだ」
「え?いえっ、そんな事ありません」
「おねえちゃん綺麗だからって好きになっちゃダメだよ。パパ」
からかうまりあちゃんにお父さんは。
「ははっ、パパにはママが世界一綺麗に見えるけどなー」
100点の答えを出して、まりあちゃんに小さな紙袋を差し出した。
「はいコレ。お見舞いだよ」
「ありがとう。パパ」
まりあちゃんはガサゴソと袋を開けると。
「わあ!新しいゲーム!」
「それ、前から欲しがってただろ?」
「うん!ありがとうパパ。大好き」
ベッド横に腰掛けたお父さんに、まりあちゃんはぎゅっと抱きついた。
「ママには秘密だぞ?パパが怒られるから」
「うん!まりあとパパのふたりだけのヒミツ!」
そんなまりあちゃんの頭を優しく撫でるお父さん。