【短編集】闇に潜む影


「今日は、・・・何かこういう風に言うのも変だけど、・・・楽しかったよ」


私たちは、私の暮らす施設の前にいた。


“送っていくよ”


施設の人以外と、生まれて初めて施設までの道を歩いた。


他愛のない会話をした。


好きな本。


好きなマンガ。


明日の時間割。


彼はうっかりしているのか、


来週までに提出予定の進路希望書の締め切りを知らなかった。


短い時間だったけど、凄く楽しかった。


両頬が少し疲れたけど、それはとても心地よい疲れだった。


「僕も、君に会えて良かったよ」


その言葉は、私の心に染み込んでいく。


じわじわと感じる暖かい何かは、すっかり私の気持ちを軽くしていた。


「じゃあ、また明日、会おうね」


私がそう言って手を振ると、彼は何も言わず、ただ優しく笑っていた。


すると突然、私の右手が彼の両手で強く握られた。


「生きることも、死ぬことも、君の自由だ。


生きていることが、絶対的価値を有するとは言えないと思う。


・・・だからこそ、いつでも自由だと思えるからこそ、


解放される何かがあるように、俺は思うんだ」


突然のことで驚いたが、私は、笑いながら頷いた。


「・・・難しいこと、言うんだね。でも、・・・分かったよ」


「良かった」


彼は握っていた私の右手をそっと放した。


「・・・あぁ、あと、1つだけ」


彼は一瞬寂しそうな顔をしたが、直ぐに笑顔に戻った。


< 144 / 171 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop