【短編集】闇に潜む影
「は、何。そんなに痛いの?それともわざとやってんの?」
滑稽だと、私の心が笑う。
それに釣られて、私の唇もにやり、と笑う。
だけど、同時に私の心は私にこう囁く。
もっとやれ、と。
もっとやれ、と。
幸せになれないのは、「これ」がいるから。
「これ」がいなければ、私は幸せになれたはずなのに。
「これ」がいなければ、私の今朝は、もっと幸せだったはずなのに。
頭を押さえる「それ」の腹に、私は思い切り足で蹴りを入れる。
ぐぅ、と変な音と、変な感触があった。
「・・・お前なんか、生まれてこなければよかったのに」
心の底から、私は叫んだ。
「お前さえいなければ、・・・あの人も、きっと私を振らなかったのに!」
もう一度、「それ」に蹴りを入れる。
今度は顔にぶつかった。
「お前なんか・・・お前なんか」
何度も何度も、足の裏を「それ」の顔にぶつけた。
気が付けば、私の足の裏には、赤い液体が付着していた。
私はしゃがみこみ、
エビのように体を丸くした「それ」の顔面を、
もう一度持ち上げるように右手でつかみあげた。
「ねぇ、お母さんのこと、好き?」
「それ」は何度も何度も顔を上下にさせる。
壊れたおもちゃのようなその動作は、あまりに無様で、可笑しかった。
「それならさぁ、
お母さんのために、あのビルの屋上から飛び降りてくれないかなぁ?」
窓から見える、10階建ての古いビルを指さして、私は「それ」に言葉を吐いた。
そして、どん、と勢いをつけて手を放した。