僕のミューズ
『芹梨』
何度もやった指文字。
芹梨は遠くからでもそれを読み取り、少し表情を緩めて返した。
『何?』
『呼んだだけ』
『何それ』
ふっと芹梨は微笑み、そしてゆっくりと表情を戻した。
真っ直ぐに俺を見る。
口元にくっと力が入るのが見えた。
『…ごめんね』
ゆっくりと、手のひらを動かす。
俺は何も言わずに、芹梨の言葉を見つめた。
『あたし…ずっと、欠陥品だから。耳、ダメになってからずっと。だから…色んなことに、蓋してきた』
一言も見逃さない様に。
俺は芹梨が紡ぎだす言葉を、ひとつひとつ目に焼き付けた。
『モデルも…怖かったの。あたしを選んでくれたこと、嬉しかったけど…あたしのせいで、遥君のショーを台無しにしたくなかった。怖くて、踏み出せなかった』
一呼吸置いて、芹梨はもう一度、『ごめんね』と手話をした。
俺は何も言わず、その仕草を見つめる。
無言の俺に芹梨も何を言えばいいのかわからなかったのか、そのまま言葉を発するのをやめた。
“欠陥品”
芹梨は、自分の事をそう言った。
俺にはわからない、芹梨の穴。
それがどれだけ深く、孤独で、痛いものなのか。
俺にその穴を塞げるか。
救い出せるか。