泣き顔にサヨナラのキス


そして、あたしを抱き締めたまま、待たせているタクシーに振り返った。

「悪い、涼子。アレは近い内に店に持っていくよ」

「うん、そうして。またね、けんちゃん」

微笑んだその人は、一瞬だけ、とても悲しそうな顔をした。


タクシーが走り去るまで、原口係長は何も言わずにあたしを見詰めていた。

「な、何ですか?」

「それは俺のセリフだ」

「……突然来て、すみませんでした。あたしも帰ります」

「忘れ物、取りに来たんだろ?」

「嘘です。忘れ物なんて、してないし。とにかく、離してください」


イヤだ。

好きでもないのに抱きしめたりしないで。



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