穢れなき獣の涙
 これは今に始まったことじゃない。

 これまでにも幾度となくあった。

 ──こんなとき、自分が何者なのかを考える。

 記憶の一片でも顕(あらわ)れてはくれないだろうかと旅に出ても、これから先に役立つ知識は得られるだけで過去については、何一つたりとて暗い影を照らし出してはくれない。

 はがゆさと、己の正体の不気味さが強まるばかりだ。

 それでも陽は昇り、時は流れていく。

 止まってはいられない。

 そんな事で考え込むのはまっぴらだ。

 私の意思は誰のものでもないのだから。

 過去を振り返るなというのなら、私には前に進む事のみが許されている。




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