彼岸と此岸の狭間にて
〔3〕                     
振り返るとそこに見たこともない洟(はな)を垂らした5才くらいの小僧が1人立っていた。              
「綾野お姉ちゃんが…」             
差し出された右手には鼠色をした財布が握られていた。                       
「紫馬殿、財布も忘れたで御座るか!?あははははっ、愉快、愉快!」                
(余程の間抜けに見えてるだろうなぁ!?)               
「ありがとう。じゃあ、お駄賃を…」                   
「綾野お姉ちゃんにこれ貰った…」                    
左手に得体の知れない黒い物体を持っている。後で知ったのだがそれは砂糖抜きの『おはぎ』という事だった。              
小僧は一口噛(かぶ)り付くと『ニィーッ』と笑って長屋の方へ走り去った。                         
「ところで先程の道場破りの件なのですが…」               
「紫馬殿は初めてで御座るか?でも、心配めさるな!拙者に全部お任せあれ!」                
(う〜ん、その自信はその小さな体のどこから湧いてくるのか教えて欲しいよ……あれっ?山中殿の刀、どこかで見たような…)              
「山中殿、その刀は?」             
「さすが、目ざとい!拙者もいよいよ窮に貧し仕方なく先日、刀を質入れいたしました。これはその場を凌ぐ為の物で御座る」            
葵の耳元に口を寄せる。             
(内密に願いたいのですが、実はこれ『竹光』で御座る。武士が刀を差してないというというのは体裁が悪い故…)                    
口を離すと『カンラ、カンラ』と高笑いをする。              
(陽気な人だなあ。でも、これであの刀の持ち主は『山中さん』という事は判明した。やはり刀に呼ばれたのか!?)                   
賑わいを見せた大通りを抜け、人気(ひとけ)のない路地裏に入る。
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