彼岸と此岸の狭間にて
「では、その1度目はどこで?」         
「新宿の『口入れ屋』(職業斡旋所みたいなもの)で御座る」                      
(う〜ん、また分からない言葉が出てきた。口入れ屋?何屋さんなんだろう?でも、新宿って言ったよな!?)                      
「そうですか?因みにこの辺りは?」

「品川界隈で御座る」

「品川…ですか?あと、もう1つ」                    
「何で御座る?」                
「私の長屋はどこに?」             
「今日はずーっと変で御座るな!?まるで初めて江戸に来たような物の言い様をする」                     
「どうも済みません…」             
「別に謝る程の事では…紫馬殿は目黒で、拙者は原宿」                  
「目黒ですか?」                
(目黒は小学二年まで住んでいたので何とか分かるが、原宿には一回ぐらいしか行った事がないぞ…)                             
日は落ち、辺りはすっかり薄暗くなった。人通りの多い所なら人家の灯や提灯の明かりでまだましだが、大通りを一歩離れてしまえば暗さは倍増した。                
(今、何時ぐらいかな?本当に時間が分からないのはもどかしい…)                 
「山中殿!?」

「はい?」                   
「お恥ずかしい話なのですが、帰り道が分かりません」

「はははっ、いかにも紫馬殿らしい!ご心配めさるな、拙者がしっかりと送り届けます故…」                  
「何から何までありがとうございます」                                          
どこ吹く風に道端の草木も揺れ、空には無数の星が瞬き出していた。こうして葵の奇妙な経験の1日目が終わろうとしていた。
< 45 / 207 >

この作品をシェア

pagetop