彼岸と此岸の狭間にて
葵が江戸に来て2週間が経っていた。生活にも慣れ、ある程度の事ならこなせるようになってきていた。
「兄上!」
「うん…!?」
「今、使いの小僧さんがこれを…」
今日は朝早くから目黒にある『口入れ屋』に出掛けたが適当な物がなかった。普段は新宿など別の『口入れ屋』にも足を延ばすのだが、まだ蓄えもあったから骨休みにすることとしし寝転んでいた。
「何だ?……おう、山中さんからだ。綾野、読んでくれ!」
読めないわけではない。字体が崩れていて読みにくいのである。
「え〜と、紹介したい人物がいるので『酉の刻 六つ時(午後6時)』に新宿のこの前の店に来てくれ、ですって」
山中とは4日前に新宿で一緒に用心棒のような仕事をした。と、言っても簡単な店番であるが…その帰りに寄った店の事であろう。
「紹介したい人って…?」
「女性じゃないんですか?」
綾野の冷ややかな目。
(本当に美優と同じような目付きをする!それにしても誰を紹介するというのだろう?)
「綾野!今、何時(なんどき)だ?」
「そうですね、多分、七つ時(午後4時)ぐらいだと思いますけど…」
「そうか。じゃあ、出掛ける支度でもするか!?」
葵の目黒から新宿までは徒歩で有に1時間は掛かる。
起き上がって白地の着物に着替え、外に出る。
「綾野!一雨来そうだぞ!」
遠くの空が黒い色に覆われ始めていた。