夜光虫

 海に行くと言うのなら、そんなに距離があるわけではない。

 こうしていれば堪えられないということはないはずだ。

 そう思ったのが大きな間違いだった・・・と気付いたのは、少しだけ風の中に潮の匂いが混じり始めた頃だった。



 海に向かうまでに、短いながらも砂利道に揺れる車体。


 自分の嫌いな匂い。


 それから纏わりつくように通り過ぎる潮風。


 砂浜に着いた時には、美優は真っ青な顔で口を覆っていた。



「ちょっと大丈夫?」

「・・・・・・」

 美尋に背中をさすられ、俯きながらも微かに頷く。

「歩いてくれば良かったかな」

 苦笑するしかない浩介に、美尋の苦笑。



「深呼吸でもしてれば治るだろ」


 イキナリ腕を掴まれ、美優は驚いて顔を上げた。


 見えるのは履きなれた感じのスニーカーにジーンズの足。

 姿勢の良い背中に、癖のなさそうな髪。



 見知らぬ男に引かれるままに砂浜へと続く階段を下りた。



「だ・・・・・・」

 誰? という問いは、ちょうど振り返った男に凍りつく。


 何がどうという事ではない。

 何かがあったわけでもなく、何かをされたわけではない。

 ただ彼は振り返っただけ。


 すでに太陽は沈み、月が美しく輝きを増す青白い光の下。

 観賞に耐えられる顔だと思った。

 整った・・・・・・表現するならば整いすぎた顔。

 値踏みするような冷たい視線が突き刺さる。


 その眼に、美優の何かが〝凍りついた〟
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