Fahrenheit -華氏- Ⅱ



「瑠華がそう言うんならそうじゃね?って言うかそのためにわざわざ?」


俺はことさら何でもない様子を装うのに必死。こめかみから嫌な汗が伝ってくる。


『そうかしら。


二村くんの前任の彼、ほら…四月付けであんたが異動になるまで、働いてくれてた川田さん、覚えてる?』


俺の中でほとんど忘れかけていた名前を唐突にひっぱり出されて、俺は目をまばたいた。


川田さんは……覚えている。前述した通り俺より五歳年上の31歳。真面目で、努力家。責任感が強く、佐々木と同じタイプの人間だ。


ただ、少し気の弱いところがあって、何度か納期遅延を出し、それで俺がメーカー側と交渉した覚えがある。


大人しくて、寡黙な男だった。


理由は―――うつ病だ。


噂に寄ると村木が彼を退職まで追いやったとか何とか、出回っているが真意は分からない。


「彼が何か……?」


俺はそう答えるのに精一杯。





直感。


綾子は―――気付いている。





『だから、柏木さんが川田さんみたいな病気じゃないかってこと?』


ストレートな質問に俺の喉がごくりと鳴った。


「さぁ、分かんね。それより綾子、タバコの件ありがとな。たぶん、ただ瑠華はぼんやりしてただけだと思うケド、最近疲れてるっぽいからサ、ちょっと注意散漫になってんだろ。彼女しっかり見えてちょっとおっちょこちょいな所があるから、気ぃつけて見てやって?」


う゛ー…我ながら下手な言い訳。


言ってて、それが説得力に足るものではないことに気づいたが……だって瑠華がおっちょこちょいってことはないもん。むしろ俺の方がやらかす率高めだし。


綾子は俺の説明に納得したのかしてないのか


『……分かったわ』と、やっぱり納得してねぇなこれ。どこか腑に落ちない様子で電話を切ろうとしたところだった。


~♪ピ~ンポ~ン♪


と、インターホンにしてはちょっと珍しいリズムでベルが鳴り、今度こそ慌てて電話を切ろうとしたが。





『ちょっと、啓人。あんたホントにどこに居るのよ。


それ、裕二のマンションのインターホンの音じゃない?』







鋭過ぎる突っ込みが入って俺は慌てた。




ヤベっ!綾子にバレるかも!!





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