Fahrenheit -華氏- Ⅱ
緑川だけを乗せたエレベーターが降下を始めるのを見送り
「ちょっとこっちに」
俺は誰も居ないことをいいことに瑠華の腕をとってほぼ強引に誰もいない喫煙ルームに連れ込んだ。勿論タバコを吸うつもりはなく、お互いタバコを取り出すこともなかった。
「あの、急な案件とは?」と瑠華も俺の嘘を信じ切っているようで
「いや、あれ嘘って言うか…」
「嘘?」瑠華がちょっと呆れたように目を細め
「ごめん……こんなことまでして、でもどうしても気になって…あいつが瑠華に何か攻撃的なこと言ったり、したりとかしたら…とかちょっと心配で…」
と顔の前で手を合わせると、瑠華はふっと微笑を浮かべた。
「大丈夫ですよ、さっき話した感じだと緑川さんにそんな感じは受けませんでした。ただ深刻そうではありましたが。後ほど報告します。それ程遅くはならないと思いますので帰ったら電話を。心音もいるし、私もあまり遅くまではいられないので」
その言葉を聞いて安心した。
「そーだったよなぁ、てか心音ちゃんと二人きりで大丈夫??」あの心音ちゃんのテンションに、明日の朝瑠華が病みやつれて出勤してくることが容易に想像できた。
「大丈夫です。彼女の扱いは慣れているので。もし避難したくなったら……」
と言いかけて、瑠華は辺りをキョロキョロと見て誰も近くに居ないのを確認すると、より慎重に声のトーンを低め、内緒話をするかのように俺に顏を近づけてきた。
「あなたのお部屋へお邪魔しても宜しいでしょうか?」
そりゃ……「もちろん!!!いつでもウェルカムだ!」
「No no no no,Welcome!」とまたも悪戯っぽく瑠華に発音を直されて、俺は笑った。前にもあったよな~♪こんなやりとり♪
「でもさー……心音ちゃんも大概ウソつき?って言うかブラックジョークが好きだよな~
修道院に捨てられたとか言ってたけどサ、ちゃんと『尾藤』って苗字あるじゃん。ま、確かにジョークって言ってたケドね。
てことはジョシュア??と別れたってのも嘘なのかな。未だに…」
“弟のマックスと連絡取り合ってる”とは流石に言えなくて思わず言葉を濁したが。
毎回あのテンションであの手この手でジョークか本気か分からない会話で、何がホントウで何が嘘の世界なのか分からなくなりそうだ。
ま、心音ちゃんは天才クリエイターらしいから、そこんとこふつーとは違うのだろうケド。そいやアイツ…二村も嘘と本当の世界を行ったり来たり忙しそうだからな、瑠華は心音ちゃんは俺に似てると言ったが、もしかして二村の方が俺より似てるんじゃないか??
「それ、心音から聞いたんですか?」
瑠華が、さっきまで軽やかだった声にちょっとだけ重みのあるものを含ませ、慎重な口調で聞いてきた。