Fahrenheit -華氏- Ⅱ
「心音の出生のことは、ジョークで通してください」
そう言われて俺は顏を上げた。すぐ隣に居る瑠華の顔を見つめると、彼女は哀しそうにほんのかすかだが笑っていた。
「冗談だと思われてた方が彼女も楽なので。同情されるならまだしも、育ちが良くないと非難されるのはもっと嫌がります」
俺は無言で頷いた。真実を知って…非難するつもりなんてないし。いや、例えジョークだと思っててもその手の話題については触れないだろう。
「話は以上です。私から聞いたと言わないでくださいね。他言も無用です」と瑠華は一応と言う形で言い
「分かった。でもさ……そんな大事なこと、親友以外……そのジョシュ?も知ってったってこと?ってことはその相手のこと―――………」
ジョシュア・ヴァンレタイン
唐突に名前を思い出した。
俺の質問に瑠華はまたも哀しそうに眉を寄せ、だけど今度は笑っていなかった。
「さぁ、私にもよくわかりません……残念ながら……」
瑠華はカチッとした鮮やかな赤が印象的なバッグを抱きかかえるように持ちなおした。
「…それじゃ、失礼します。また連絡しますね」
「うん。待ってる」
俺はスーツから瑠華とお揃いのケータイを取り出しふらふらと振った。
瑠華はちょっとだけ微笑を浮かべ
「必ず」と小さく言い置いて喫煙ルームを出ていった。