Fahrenheit -華氏- Ⅱ

何となく…瑠華を見送るつもりでエレベーターを待っていると、程なくしてエレベーターが降下してきた。


扉が開き、中から出てきた女―――瑞野さん……?


を見て俺は思わず身構えた。


「あ、お疲れ様です」瑞野さんは丁寧に頭を下げ


「お疲れ様です」と、俺より先に答えた。


瑞野さんの両腕で抱きかかえられるように包まれていたのは書類の束で


「あの……柏木補佐、今お帰りですか?」と瑞野さんが遠慮がちに目を上げる。


「はい、そうですが。急ぎの用でしょうか」瑠華が淡々と答え


「急ぎだったら俺が処理するから柏木さんは帰っていいよ」と俺がフォローすると


「いえ、外資物流ではなく物流管理本部へ」と瑞野さんが答える。


物流管理本部―――


思わず瑠華と顔を見合わせた。


「……もしかして二村の所に?」


俺が聞くと、瑞野さんは首を傾け


「いえ、村木部長ですが」と瑞野さんが遠慮がちに答える。


そっか…あそこは今立て込んでるみたいだしな。


「あの……柏木補佐……」瑞野さんはどこまでも遠慮がちで、若干緊張しているのだろう、きゅっと書類の束を抱きしめながら、俺は瑞野さんが瑠華に何を言い出すのか、再び構えたが、当のご本人瑠華は


「何か?」と相変わらず淡々と答える。


「す、ステキなコートですね!どこのブランドですか」


こ、コート……?


ちょっと拍子抜けした。


「これですか?バレンティノですが」とさらりと言った瑠華の言葉に俺が驚いた。


いや、洒落てんな~とは思ってたけどね。


「た、高そうだね……」俺がたじろいでどーする。


瑠華はちょっと言い淀んだ後


「まぁそれなりに……60万程」


60万!?


今度は思わず俺と瑞野さんが顏を合わせた。


高そうだと思ってはいたが……聞かなきゃ良かったぜ!


瑠華は60万のコートの裾を優雅に翻し


「では、私はこれで失礼します」


と颯爽とエレベーターに乗り込む。


う゛~ん!60万かぁ。それをさらりと着こなす瑠華はやっぱお洒落だな。


エレベーターの扉が閉まる時も瑞野さんは律儀に腰を折り


「お疲れ様でした」と挨拶。


エレベーターが降下したにも関わらず瑞野さんは瑠華が降りていったエレベーターの扉を見つめて


「ホントにステキですよね。仕事もバリバリできて、かっこよくて。それに比べたら私なんて…」と慌てて瑞野さんは恥ずかしそうに自身の全身を見渡す。


いや、瑞野さんもオシャレで、ついでに言うと可愛いと思うけど?


淡いブルーのブラウスに、同系色のスカートは上品なレースが飾ってある。


瑠華も普段はこんな感じだし。


て言うか瑞野さんの好みって瑠華に似てる。momo2とか?顏だけじゃなく、“自分”を知ってるとそう言うの求めるんだろうな…


そんなことより


「それより、ごめんね引き止めちゃって」


「いえっ!私が一方的に……」と瑞野さんはどこまでも謙虚。


う゛ーん……この砂糖みたいな対応も可愛いんだけど、やっぱ俺はブリザード並の対応をしてくる瑠華の方が合ってるって言うか…


もう認めざるを得ない。


俺、完全ドMだワ。


そんなこんなで、どんなこんなんだよと自分に突っ込みをかましながら俺たちは二人でフロアに戻った。


自身のブースに戻ると、瑞野さんも一緒だと言うのに佐々木は「それどころじゃない」と言った感じで


「部長、レイズの髙木さんから電話です」と受話器を持ち上げながら腰を上げていた。


ちょうどメールを作成していた所だ、催促の電話かと思いきや


『いつもお世話になっております、レイズの髙木です。あの神流様、メールの内容がどう言った意味なのか分からず、業務時間外だと思って大変失礼だと思いましたが…』


と前置きされ、俺はすぐにメールボックスの送信ボックスを確認すると


先ほど『気になる!』の連発メールが、何と!送信されていたことに気付いた。


「いえ!あれはその誤送信で!」と慌てて謝る。


どんな誤送信だよ、と髙木さんも突っ込みたいところだろうが、そこは流石ベテランサラリーマンだ。敢えて深く突っ込まず


『そうですか、安心いたしました。改めて、返信お待ちしております』と丁寧に言われ、俺は相手に見られていないのにひたすらにぺこぺこ。


嗚呼…俺、何やってんの。
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