Fahrenheit -華氏- Ⅱ



この時間帯なら啓はまだ会社に残っている筈。


2コール程で


『お電話ありがとうございます。神流グループ㈱外資物流情報部、神流でございます』


運良く啓が電話口に出てくれた。


やはり仕事中だったのね。


「お疲れ様です、柏木です」と短く名乗ると


『る……柏木さん?』と啓がどこか慌てたような、或は不思議そうな声で答えて


瑠華、と言いかけて柏木と変えたからきっと誰かが近くにいるのだろう。腕時計を見ると定時より1時間半程過ぎている。まだ佐々木さんが残っていてもおかしくない時間帯だ。きっと佐々木さんは別の電話の応対中なのだろう。


「あの、急な仕事が入ってしまいまして、調べていただきたいものがあるのですが」と言うと


『急な案件?』と啓は別段驚いた様子もなく聞いてくる。


「はい、申し訳ございませんが資料室で資料を調べていただきたいのですが」と言うと


『資料室ね、オッケー。じゃぁ俺の携帯からかけ直すよ』と返事を貰い、少しほっとした。


そこから1分程でコールバックがあり、よっぽどあたしと緑川さんの話が気になっていたのか


『緑川ともう別れたの?』と開口一番に聞かれた。


やっぱり気にしていたのね。


「ええ、彼女は先に帰りました」


『相談事って何だったの?』とまたも口早に突っ込まれ


まぁ、心配してくれていることは分かったけれど、真実を言うことはできない。何より緑川さんと約束したことだから。


「婦人科系の病気のことです。小さな筋腫があるみたいで大きくなると手術が必要になるみたいで、良い婦人科を知らないか、と」


まったくのでたらめだったけれど、啓は全く疑った様子もなく


『そっかー、おおごとじゃなくて良かったよ』と心から安堵した様子。


実際はかなり“おおごと”ですが、と心の中で呟き


「それよりも今から会えませんか?」


本当のことを言う気にはなれなかったけれど、どうしようもなく啓の顔を見たくなった。


秘密を一つ―――抱えてしまったから。


それは一人じゃとても処理できないものだったけれど、支えてくれるひとの顔を見るだけで


『大丈夫』な気がしたから。


そう、あたしには



支えてくれるひとがいる。


でも緑川さんには―――


支えてくれるひとはきっと偽りだらけ、嘘で固められた“人”と言う皮を被った悪魔だ。


もしかして―――


マックスよりタチが悪いかもしれない。





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