Fahrenheit -華氏- Ⅱ


「ところで啓、もしかしてあれから眠れませんでしたか?」


と、突然の質問に俺は目をまばたき“あれから”の意味が理解できた。


瑠華は自分が俺を起こしちまったことを気にしているようだ。


「ううん、俺もちょっとやることあったからさ~、ほら、昨日無理やり佐々木と飲み会になっちまったし」


肩を竦めると、瑠華が背伸びをしてメガネの奥からじっと俺を見つめてくる。まるで心の中を見透かすような熱い視線。


う゛…


その視線に弱いんだよな…


それでも「今日も忙しくなりそうだな~」と慌てて言うと


「嘘ばっかり」


瑠華は淡々と言って、けれどすぐに微笑を浮かべる。


俺は目をまばたいた。


こんなやり取り、前にもあった―――


そうだ、半年程前、まだ瑠華と付き合う前、休日出勤で瑠華と顔を合わせたときのことだ。(※Fahrenheit -華氏- 参照)





「起こしちゃってすみません」




との言葉にキュンと胸が締め付けられる。瑠華は、まぁ…やっぱ俺を気遣ってくれたわけだった。


「気にすることないよ、やることない暇人だから」とわざとへらへら笑う。


半年前も同じようなやり取りだったのに、俺たちの仲には確実に変化があったわけで。


「そうですか」と瑠華はちょっと微笑を湛えたまま、ふわりと髪を揺らし体を戻す。


その動きを阻んだのは俺。思わず瑠華の腕をつかみ、こちら側に向かせる。


「何か?」と聞かれ


俺はほとんど何も考えず、すっと瑠華のメガネをそっと取り去った。


瑠華がほんの僅か首を傾げ


「何も……見えませんが…」と急にぼやけたであろう視界に戸惑った様子を浮かべていて、そんな彼女の頬を包みそっと顔を寄せ



キス。



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