Fahrenheit -華氏- Ⅱ

それからきっちり一時間後


「今日の炒飯と酢豚のB定食はあんまりでした」と佐々木が苦笑いを浮かべていて「私の焼き魚定食は美味しかったですよ」と親しそうに(?)話しながら戻ってきた。


入れ違いに俺が昼飯を取ることに。かと言って社食を使う気は二度と起こらないだろう。


近くの立ち食い蕎麦で三菜掛け蕎麦を食べようと、手を合わせると


「Hey♪」


ぽんっと手を置かれて振り返ると、


ずさぁ!!


思わず後ずさった。


「こ、心音ちゃん!?」


心音ちゃんはちょっとロング丈のキャメル色のジャケットに、少し短めの変わった素材のワンピースにロングブーツと言う格好だった。


長めのパールのネックレスが胸元から下がっていて、と言うか深いV開きワンピースの襟元から、胸の谷間がくっきり見えてるんですけど……


意識しないようにしようとしても、ついついそこへ目が行ってしまうのは悲しい男のサガ…


と言うか、ここに居る客の誰もが心音ちゃんに目が釘づけ。


まぁ立ち食い蕎麦屋なんて近隣のサラリーマンしか来ないからな。


「なぁに~その幽霊にでも会ったような態度は」


心音ちゃんは不服そうに唇を尖らせ、優雅に腕を組む。


「い、いや…てか何で!だってすっごい偶然!」


「偶然だと思う?」心音ちゃんはニヤリと笑って、「ところでここ、何がオススメ?」と聞いてきて、「や、普通の掛け蕎麦が一番…」と言い終わらないうちに「Hey!掛け蕎麦一つね」と店員に手を挙げた。


「てか偶然……じゃなかったら何?」


まさかまさかの俺の携帯のGPS辿った系??


と、思わず身を後退させると


「偶然て言うか運命?的な♪瑠華の会社がこの近くって聞いてたから、この辺歩いてたらお腹すいちゃって、でどこかに入ろうかな~と思ってたらケイトの姿が見えたから♪」


姿…見えた??


と考えて「ああ」と納得。


夜になると閉まる引き戸も今は完全にオープン状態。蕎麦屋の暖簾が掛かっているだけだ。そして店内にはカウンターしかない。


「ケイトは目立つもの」


心音ちゃんは頬杖をついてにこにこ。


運命……と言うか、俺にとっては悪運……


俺は早々に山菜掛け蕎麦を食べ終わったが、まだ食べ終えてない心音ちゃんを一人残していのもな~…


と思いつつ、空になった丼を片付けられてもお冷をちょびちょび飲みながらやり過ごしていると


「あ、あたしのことなら気にしないで♪食べ終わったらまたどこか遊びに行くから」


と心音ちゃんはあっさり手をふりふり。


正直…ほっとした。


「瑠華に伝えておくよ」と苦笑いとすると


「Thanks.(よろしく)」


心音ちゃんは短く言うと前を向き直った。


だが、前を向くその瞬間……ほんの一瞬だったが



彼女の妖艶とも呼べる赤い唇が不敵につり上がったのを


見た。


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