はぐれ雲。

昼休み、達也は携帯を取り出した。

ある電話番号を呼び出す。

ディスプレイに出た名前を見てどうしようか悩んだが、思い切って発信ボタンを押した。

呼び出し音が鳴る間、何度か彼は咳払いをして、周りの同僚の視線をうかがう。

別にやましいことではなかったが、なんとなく周囲が気になったのだ。

「あ…もしもし、俺、加瀬なんだけど。今、大丈夫?突然で悪いな。今日の夕方さ、おまえの仕事が終わってから会えないかな」

電話の相手は快く承諾してくれた。


定時を少し過ぎて、達也は県警本部を出る。

乳児死体遺棄事件の調書をまとめ、久々に今日は早く帰るはずだった。

しかし、彼はそうしなかった。


『桜井さんと飲みに行くので、遅くなる』と博子にはメールをしておいた。

嘘をつくのは忍びなかったが、他に適当な言い訳が見つからなかった。

昼間の電話の相手との待ち合わせ場所に急ごうとした時だった。


「せーんぱいっ」

ミニスカートの真梨子が目の前に立っていた。

それに応えるかのように彼は片手をあげ、彼女に近付く。
辺りをさりげなく見回しながら。

「ここまで来てくれなくてもよかったのに」

「いいんです、仕事早く終わったから」

待ち合わせの相手とは博子の親友、青木真梨子だった。

艶っぽいメイクに達也は目のやり場に困り、とりあえず腕時計をみる。

「飯はまだだろ?」

真梨子も時計を見て笑う。

「もちろんですよぉ。まだ6時前ですよ」

「あぁ、そっか」

達也もつられて笑った。

「この前、家で会った時と雰囲気が違うから、びっくりしたよ」

「やだ、くどかないでくださいよ。私、不倫は嫌ですから」

「おまえなぁ、馬鹿言うなよ」

二人は暮れようとする街へと歩き出した。



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