はぐれ雲。
「…おい、加瀬。課長が…おまえを呼んどる」

桜井の顔色がこころなしか悪いことに達也は気付いたが、夜勤明けで疲れがでているのだろう、彼はそれくらいにしか考えなかった。

「わしも一緒に呼ばれとるんや」

そう言うと、達也と二人で捜査一課長のデスクへ向かう。

そこには組織犯罪を担当する四課の課長の姿もあった。

一様に深刻な顔をしている。

「加瀬、おまえは結婚して何年になる?」

意外な質問だった。

「7年ですが」

「子どもは…まだだったな」

「…はい」

「そうか」

課長は手元を見た。

「それが何か?」

「いや、おまえ、湊川リサという女を知っているか?」

「いえ、全く」

「では、新明亮二という男は?」

「新明…」

「知っているのか」

「…いえ」

知らないはずがなかった。

妻の、博子の、何年も忘れられない男の名なのだから。

自分を苦しめる男なのだから。

「その男が何か?」
動揺を隠し達也が尋ねると、一課と四課の課長が顔を見合わせた。

次に出た言葉に、達也は全身の血が凍ってしまったような感覚に陥った。


「加瀬、しばらく捜査から外れてもらう。確か…有休がたまってたな。しっかり休養しろ」

その声が、遠いところで聞こえていた。


桜井が、辛そうな顔で肩に手を置く。

「加瀬」

「桜井さん、何かの間違いです。博子に…妻に限ってそんなこと、絶対にあり得ません」

桜井はただ、黙って頷いた。


県警本部内では、すでに噂は広まっているようだった。

周囲からの視線が痛い。

達也は鞄を手にすると、足早にその場をあとにした。
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