はぐれ雲。



「お話をうかがうだけなら、ご自宅で、とも考えたのですが。加瀬さんは県警官舎にお住まいですよね。やはり同じ職場の者が近所、ということもありますし、ここの方がいいと思いまして…」

「お気遣い、ありがとうございます」

淡々と博子は言った。

「それにしても、こんな部屋じゃなくてもいいんですが、生憎ここしか空いてませんで」

安住と名乗った強面の刑事は、言い訳がましくそう言うと、透視鏡のはめられた窓に目をやった。

その窓を通して、隣室からこの取調室の様子が筒抜けなのは、博子でも知っている。

真ん中にグレーの机と、簡素な椅子。

隅には取調べ内容の記録に使われるパソコン。

殺風景な部屋。

まるで容疑者だ。

しかし、当然だと博子は思っていた。

「ご主人の加瀬達也さんとは警察学校の同期でしてね。彼は成績も常にトップで、人気ありましたよ。学校はほとんど男だけでしたけどね。警察学校を出て、すぐに結婚したと聞いていましたが、奥さんがこんなにきれいだと、そうしたくなるのもわかりますよ」


博子は口元だけで笑うと、机に視線を落とした。

女性刑事が、隅のパソコンを起動させる。

「ご主人とはどこで知り合ったんですか?」

「大学の部活で」

「何をされてたんですか?」

「剣道部でした」

「なるほど。ご主人も相当強かったみたいですね。あなたも長い間、剣道されてたんですか?
僕は柔道だったもので、剣道のことは詳しくはわからないんですが、あれって…」

「あの…!」

博子は膝の上に置いてあった手を強く握り締めた。


< 269 / 432 >

この作品をシェア

pagetop