はぐれ雲。
それを隠すように、博子は無理に笑った。
話題を変えなくては…
辛すぎる。
今の自分には、あの人の流した涙は重すぎる。
「あ、ねぇ、知ってた?
彼ね、ずっと剣道やってたの。
すっごく強くて…
どんな試合でも必ず優勝してた。
真っ直ぐで、本当に綺麗な打ちをするのよ。
好きだった、彼の胴着姿…
誰よりもかっこよくて、自信に満ち溢れてて。
中学の時なんか、誰が試合前に彼の背中にたすきをつけるかで、女子部員の間でモメてたくらいなのよ」
浩介は黙って聞いている。
「でね、結び終わった後には必ず、トンッて軽くそこを叩くの。『いってらっしゃい、がんばってね』っていう思いを込めてね。
みんな新明くんにそれがしたくて…モテてたから、彼。
だからみんな必死だったわ」
博子はいつものように髪を撫でた。
「私、素直じゃなかったから…やったみたかったのに…
一度も彼にたすきをつけてあげたことなかった。一度も背中、押してあげなかった…
ちょっと勇気を出せば、できたことなのに…ね」
「…ひっ」
浩介が時々しゃくり声を上げながら、鼻をすする。
「りょ…亮二さんも、きっとそうしてほし…かったと…思う…」
「そう、かしら?」
「決まってんだろ…
男ってのは、勝負に出る時は、好きな女に送り出してもらいたいんだよ」
「そっか…」
手のひらの巾着に、そっと視線を落とす。
<私に、たすきつけてもらいたかった?>
と冗談っぽく訊いてみた。