はぐれ雲。
「ああ、でも…」

気を取り直したようにコーヒーカップに手を伸ばすが、飲む気分にもなれない。

「でも浩介くんの言った通りよ、本当にドジね、この人…」

まるで独り言のように呟く。

「あんなに強かったのに、どうして?
相手の隙を突くのが得意だったじゃない。
なのにどうして自分から隙を見せちゃったのよ?一体何やってたの?ダメじゃない…」

博子は両手で顔を覆った。

「ダメじゃない…」


真っ赤な浩介の目が、悔しそうに形を変える。


彼女は知らない。

新明亮二の最期を…

いつもは見向きもしないのに、あの日ばかりはなぜか、自販機の前で立ち止まった。

そして、どことなく懐かしそうに頬を緩めてボタンに手を伸ばそうとしていた彼を…

彼女は知らない。

きっと知らないほうがいいのだ。

彼はその言葉を胸にしまった。


「…新明くん」

博子は彼の名を呼んだ。

久々に口にすると、抑えていた想いが堰を切ったように溢れ出す。

心の奥の固く頑丈な扉を粉々にしてゆくほどの、たくさんの想い。

それが一気に押し寄せてくる。

「新明くん」

もう一度彼の名を呼ぶ。


「新明くん…!」

そして何度も何度も、彼を呼んだ。

頬を伝った涙が、黒く変色した彼の血の上に落ち、まるで融け合うように染み込んでいく。


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