はぐれ雲。
浩介も泣いていた、声をあげて。
彼もまた運命の渦の中で、悲しみと闘っている一人なのだ。
彼の代わりに指を落とし、組織に残った橘直人も…。
リサも真梨子も…みな運命の渦に巻き込まれてしまったのだ。
たったひとつの幼い恋のはずだったのに、
もう想い出となる恋のはずだったのに、
あの夜の再会をきっかけに、多くの人が傷付き、悲しみ、大切なものを手離すことになってしまった。
それを博子は忘れてはいけない、そう胸に刻み付けた。
「ありがとう、浩介くん」
「…いえ」
「今日来てくれてありがとう。嬉しかった、すごく嬉しかった」
もう彼にも会うこともないだろう。
彼には彼の新しい未来が待っている。
「あなたの夢が一日も早く叶うように、祈ってるわ」
巾着を胸に寄せると、心を込めて彼にそう言った。
官舎の前の坂を下っていく浩介の背中を、博子は優しい気持ちで見ていた。
すると突然彼は振り返ると、満面の笑みで大きく手を振って言った。
「俺もあの人みたいにカッコイイ男になって、命懸けの恋、探します!」と大声で。
博子も負けじと返した。
官舎の住人が聞いていようが、もうどうでもいい。
「やめといたほうがいいわよ!
あの人みたいになっちゃ、相手の女の子がかわいそうよ!」と。
その声が届いたのか、彼はずっこけるフリをした。
そして、真っ直ぐこちらに向き直ると、深々と頭を下げた。
博子も倣って頭を下げる。
「…さようなら」と。