はぐれ雲。
「あれは、確か…引っ越す少し前でした。珍しくあの亮二が私に訊くんです。
女の子に物をあげるなら、何が喜ばれるかって。もちろん、こんな聞き方じゃなくて、もっと乱暴な感じでしたけど」

憲一も博子も顔を見合わせて笑った。

その時の亮二が目に浮かぶようだ。

「初めてでしたよ、あいつがそんなこと言うなんて。プレゼントかって、私もおもしろがって聞いたんです。よく弟が女の子と一緒に帰ってるって、私の同級生から聞いてたもんですから、からかってやろうって。
そしたら、真っ赤な顔で怒るんです。俺が質問したことだけに答えろって」

もう一度博子は笑った。

<あの人らしい…>と。


「私は、誰にあげるのか言わないと教えてやらないって言い返してやりましたよ。
意地悪な兄貴でしょう?
じゃあ、一枚の写真を投げつけてきましてね。中学の時の部活の集合写真でした。
たくさんいる部員の中で、亮二の好きな子はすぐにわかりましたよ。この子だろって、葉山さんを指差したら、またあいつ顔を真っ赤にして…」

憲一は当時を思い出したかのように、目を細めて笑ってみせた。


「あ、すみません。昔話ばかりして」

「いえ、もっと聞かせてください、新明くんのこと。私、彼のことわかってるようで、何も知らなかったから」

博子はそう答えると、目の前に出されたお茶に口をつけた。

香ばしい緑茶の薫りが、口いっぱいに広がる。


視線を憲一に戻した。

笑顔はどこかしら似ているが、でも少し違う。

目元が亮二に似ているのだろうか…

そんなことを考えていると、見透かしたように憲一が言った。

「私と亮二、あんまり似ていないでしょ?昔からよく言われました、兄弟なのにねって。
どちらかと言えば、私は母親似でして。あいつは、父親にそっくりで。特にあの目なんかは…」

亮二の切れ長で、透き通った瞳を思い出す。

大嫌いだったあの目が、いつしか大好きになっていた。





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