はぐれ雲。
「ご存知の通り、私たちは父を亡くして、母の実家であるこちらを頼ってきたんですが、代々続く商売を継いでいた母の兄夫婦に疎ましがられましてね。
元々、私たちの父と、伯父とは折り合いが悪くて…。
母も父との結婚を、伯父にかなり反対されたそうです。
それを押し切って結婚したせいで、何かと父と伯父は衝突していました」
湯飲みを両手で包み込むと、憲一は目を伏せた。
「そんな父に似た顔も性格も似ていた亮二は、格好の標的でしてね。酒が入ると、目が気に入らないと言って、伯父はよくあいつを殴っていました。
商売もうまくいっていない時期だったので、余計でしょうね。
かばう母にも、伯父は手をあげました。
あんな奴と結婚するから、こんなことになるんだって、そう言って。ここにいるなら、新明と言う名前を捨てろとまで伯父は言いました。
でも母は決して籍を抜くことはしませんでした。父を愛していたんですね。それがまた伯父には気に入らなかった」
憲一は深いため息をつくと、首をゆっくり横に振った。
「でも弟は…亮二は自分がここにいる限り、母や私が疎ましがられる、殴られるんだ、そう思ったみたいです。父親似の自分さえいなければ、母も私も親戚に受け入れてもらえるんじゃないかって。自分がいるから、みんなは父を思い出してしまうんだって…」
水槽の青い光の中で、亮二が呟いた姿を思い出す。
『俺は家族を捨てたんだ…』
「ある朝、亮二はいなくなっていました。荷物もそのままで。何も持たずに家を出たようです。どこで何をしているのか、全くわかりませんでした。生きているのかさえも」
一人で出て行く亮二の姿が目に浮かんだ。
辛かっただろうに、悔しかっただろうに。
「ただ、亮二が亡くなるまでの数年間、毎月お金が送られてきました。差出人も何も書いてなくて…でも亮二だってわかりました。こんなことするのは、あいつしかいないって。
弟は生きてるって、それだけで母と手を取り合って喜んだんです。そのお金で、母も手術を受けさせてもらって、本当に感謝しました。
ただ、母は亮二に会いたい、会って謝りたいって、そればっかりで。
最期の最期まで、あいつの名前を呼んでいました」
元々、私たちの父と、伯父とは折り合いが悪くて…。
母も父との結婚を、伯父にかなり反対されたそうです。
それを押し切って結婚したせいで、何かと父と伯父は衝突していました」
湯飲みを両手で包み込むと、憲一は目を伏せた。
「そんな父に似た顔も性格も似ていた亮二は、格好の標的でしてね。酒が入ると、目が気に入らないと言って、伯父はよくあいつを殴っていました。
商売もうまくいっていない時期だったので、余計でしょうね。
かばう母にも、伯父は手をあげました。
あんな奴と結婚するから、こんなことになるんだって、そう言って。ここにいるなら、新明と言う名前を捨てろとまで伯父は言いました。
でも母は決して籍を抜くことはしませんでした。父を愛していたんですね。それがまた伯父には気に入らなかった」
憲一は深いため息をつくと、首をゆっくり横に振った。
「でも弟は…亮二は自分がここにいる限り、母や私が疎ましがられる、殴られるんだ、そう思ったみたいです。父親似の自分さえいなければ、母も私も親戚に受け入れてもらえるんじゃないかって。自分がいるから、みんなは父を思い出してしまうんだって…」
水槽の青い光の中で、亮二が呟いた姿を思い出す。
『俺は家族を捨てたんだ…』
「ある朝、亮二はいなくなっていました。荷物もそのままで。何も持たずに家を出たようです。どこで何をしているのか、全くわかりませんでした。生きているのかさえも」
一人で出て行く亮二の姿が目に浮かんだ。
辛かっただろうに、悔しかっただろうに。
「ただ、亮二が亡くなるまでの数年間、毎月お金が送られてきました。差出人も何も書いてなくて…でも亮二だってわかりました。こんなことするのは、あいつしかいないって。
弟は生きてるって、それだけで母と手を取り合って喜んだんです。そのお金で、母も手術を受けさせてもらって、本当に感謝しました。
ただ、母は亮二に会いたい、会って謝りたいって、そればっかりで。
最期の最期まで、あいつの名前を呼んでいました」