はぐれ雲。
むせび泣く彼の姿に、博子も静かに涙を流した。

「亮二…」

「新明くんは、離れていてもお母さんとお兄さんのこと、思ってましたよ」

<ねぇ、新明くん。
あなたもお兄さんもずっと自分を責めて生きてきたのね。お互いがお互いを思ってたのに、こんな悲しい結果になってしまって。でもね、もういいのよ。もう自分を許してあげて。充分すぎるほど、苦しんだんだから…>

しばらくの間、二人は向かい合ったまま、静かに亮二のことを偲んだ。


「すみません、葉山さん。お招きしておいて、こんな暗い話ばかりで…」

「とんでもありません。彼が、今とても身近に感じます」

もう一度博子は学生服を着た亮二の遺影に目をやった。

その時、突然ふすまが勢いよく開いて、胴着姿の男の子が憲一に飛びついた。

「こら、春樹。お客様の前でしょ!」

由美が慌てて追いかけてくる。

「パパ!今日ね…」
そこまで言うと、その男の子はやっと博子に気が付いた。

「こんにちわ」

博子が笑顔を向けると、恥ずかしそうにうつむき、上目遣いで「こん…にちわ」と消え入りそうな声で返してくる。

母の由美に似た、丸顔で目のくりくりしたかわいらしい男の子だった。

「春樹、パパは今お客さんとお話し中なんだ」

「春樹くんって言うの。いい名前ね、何歳?」

「…5歳」

「そう。剣道やってるの?」

「うん」

憲一が膝に春樹を座らせて言った。

「私も剣道やっていたものですから」

博子は笑顔で頷くと、春樹に目をやった。

「おばちゃんもやってたのよ、剣道」

「え!本当?」

「うん。春樹くんは剣道、楽しい?」

「すっごく。いつかあのお兄ちゃんみたいに強くなるんだ」

そう言って、仏壇の亮二の写真を指差した。


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