もうひとりの…
「やっと心を許せる人が見つかったのに、なぜ自殺なんか…」

私は気付いたら、涙を流していた。その涙を拭いながら、ぽつりとつぶやく。すると、松田さんは小さい溜息を吐いた。

「"男"として、愛してはいけない人だったのよ」

松田さんのその寂しそうな笑顔を見た私は、ドキッとした。彼女は、再び口を開く―

「私ね、若いとき映画会社のメイクをやっていたのだけど、その時に駆け出しの売れない俳優と恋仲にあってね…」

その男の間にこどもができたのだ。

しかし、男は俳優としての修業の身だ。簡単に結婚などできるわけがない。

松田さんは、身ごもったままその男と別れる決意をしたのだ。

「まさか…」

私は強い眼差しで、松田さんを見つめた。すると、彼女はうなずいたのだ。

「運命っていうのは、ひどく残酷なのよ…」

惹かれ合うのは当然だった。

しかし、男女の関係を持った二人が、親子だったなんて、誰が信じるのだろうか。

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