AKANE



「母上は、僕のこと嫌いなのかな?」
 見覚えのある庭。
 黒調の石壁から透明な水が流れ出し、美しく彫り飾られた石段の周りには赤い薔薇の園が広がっている。
 五歳程の黒髪の幼い少年は、その石段の傍で蹲(うずくま)り、泣きべそをかいていた。
「まさかそんな・・・。お母上は殿下を愛していらっしゃいますよ」
 少年の背後から、藍の軍服の男が声を掛けた。
「違うもん! 母上は僕のこと避けてるんだ・・・」
 大きな黒い瞳は潤み、涙を目いっぱいに溜めて少年は男を見上げた。
「殿下、そうではありません。お母上はご病気なのです」
 見上げてみた男は美しい碧い髪と碧い目をしていた。 
 少年はわあっと大きな声を上げて男に駆け寄ると、男の腰にぎゅうと抱きついた。
「僕はこんなに淋しいのに・・・っ、僕はこんなに母上が好きなのに・・・!」
 男はほんの少し悲しみを含んだ優しい笑みを浮かべ、少年の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「殿下の傍にはいつでもこのアザエルがおります」
 少年はしゃくり上げながら大きな目でじっと男の顔を見つめた。
「アザエル、きっと傍にいてよ? ずっとだよ、絶対絶対約束だよ?」
 にこりと女性のように柔らかな笑みを溢すと、男は囁いた。
「ええ、約束です。殿下はきっといつかお父上のように偉大な王になられます。わたしは、どんな犠牲を払ってでも、必ず殿下をお守りします・・・」
 

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