AKANE

11話 奇禍遭遇

日が傾き、薄暗くなりつつある部屋の中、朱音はじっと死人のように動かないアザエルの傍で時間を過ごした。
クリストフは、水の力でアザエルは自然と回復すると話していたが、アザエルの美しく整った顔は昨晩と変わらず蒼白で、皮膚は氷のように冷たいままだ。
 朱音はひょっとしてこの男は既に死んでしまっているのではないか、と何度も疑った。
 この死人のように冷たい男は、朱音の当たり前だった日常から見知らぬ世界レイシアに連れ去った挙句、朱音の全てを奪い、何度も朱音を絶望のどん底へと突き落とした。家族も、友達も、夢も希望も、そしてやっと気付いた愛さえも失くした朱音はこの男をひどく憎むことで辛うじて生き存えていた。
 しかし、ここへ来てその憎しみという感情のやり場を失ってしまったことに、朱音の心は大きく揺れ動いていた。
 冷たく恐ろしい海にのまれ流されたときに見た、遠い日の記憶。それは、まるで夢のように不安定でありながら、ひどく懐かしい確かなクロウの思い出だった。
「アザエル・・・、クロウにとって、あなたは一体どんな存在だったの・・・?」
 ぽつりと呟いた朱音の声はひどく憂いを帯びていた。
『ガチャリ』
 開いたドアからクリストフが姿を現す。その肩には白い鳩がとまっている。
「どうしました、明かりもつけないで」
 すっかり暗くなってしまった部屋に、クリストフは皮のベストのポケットからマッチを取り出すと、部屋のランプに火を灯した。
「クイックルが戻ってたんだね」
 立ち上がりクリストフの肩に手を伸ばすと、白鳩は嬉しそうにちょんと朱音の手の上に飛び乗った。
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