AKANE

12話 離れゆく二人


 幼い黒髪の少年が広い城の中を駆けている。
 小さな白い手にいっぱいの黄色い花。少年が走る風でひらひらと舞っていた。
「母上!!」
 少年が飛び込んだ広間はがらんどうで、人の気配が無い。
「母上・・・?」
 誰も居ない広間の奥からひそひそと話し声が聞こえる。
 クロウは恐る恐る声のする方へと近付いて行った。
 隣の部屋へと通じる扉が僅かに開き、明かりが漏れている。手に黄色い花を持ったまま、クロウは大きな黒い瞳でじっと中の様子を覗いた。
「もう我慢できません・・・! 陛下はわたくしにこれ以上苦しめと仰るのですか・・・?」
 アプリコットのふわりとカールした髪を美しくなびかせ、薄いピンクのドレスの可憐な女性が、何か懸命に訴えかけていた。
「あの人を遠ざけてください。わたくしを正妃として迎えたときに、わたくしを愛するよう努力すると仰ったじゃない」
 女性はこちらには背を向けていて、その表情はよくはわからない。けれど、ひどく取り乱しているようであった。
「ベリアル、君にはすまないことをした。しかし、あいつを遠ざけることはできない、分かって欲しい・・・」
 低く、そしてひどく懐かしい声。大人の男の声は、ベリアルと呼ばれた女性のすぐ後ろから聞こえてきた。
「なぜです!? わたしが陛下の心を得ることはできないのですか? こんなにも陛下を愛しているのに・・・!」
 ベリアルの肩は震えていた。泣いているようだった。
「すまない・・・」
 ベリアルの肩を優しく抱く男の手は透けるように白い。男のゆったりと結われた美しく長い漆黒の髪がさらりと、黒いサテンの服の上を落ちていった。
「陛下は、いつだって一人の女性しか見ておられないのよ・・・。そしてあの人は、いつでも陛下の中に住み続ける・・・。なんて残酷な人なの・・・」
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