AKANE
 見るからに高級な紙に、高貴な者の主催であることは分かったのだが、奇妙なことに、差出人の名前は一切書かれていなかった。ただ、ヘロルドへの宛名のみ。そして、“貴殿に折り入ってお願いしたいことがある”というメッセージが添えられていたのだ。
 パーティーの開催場所は、大陸から離れた場所にある小さな島であった。
 他の者には一切届いていない様子の招待状。そして差出人も不明。
 もしかすれば、何か良からぬ者の手による、金絡みの犯罪行為かとも疑ったが、数週間後にはなんとその主催者は高級な馬車と案内人をヘロルドに寄越したのだ。
 ヘロルドはパーティーの招待を受けることにした。
 無力な自分に、何も失うものなど無いと開き直ったのだ。そして、これ程のことを為せる主催者とやらに、些かの興味が湧いた、というのもあったであろう。

「行ってみて、驚いた・・・。主催者は・・・、ゴーディアを追放された、あのベリアル王妃・・・だったのだ・・・」
 呻くようにそう話すと、ヘロルドは虚ろな眼をアザエルに向けた。
「そして・・・、王妃はこの魔光石を・・・下さった・・・。その代わりに、こうお願いされた・・・」

『ヘロルド、その石を貴方に差し上げる代わりに、ゴーディアの次期国王の座を手に入れることを誓っていただきたいの。そして・・・、その時はきっと、わたくしをあの城へと呼び戻してくださると約束して』

「お前のような、有能な男にはわかるまい・・・。ベリアル王妃が、どれだけこれまでお苦しみになってこられたか・・・」
 アザエルは冷たい眼を向けたまま、ヘロルドを見下ろしていた。
「だが・・・、もう全てが手遅れだ・・・。兵は放たれた・・・」
 水剣を静かに振り上げると、その切っ先はヘロルドの心臓を突き刺していた。
 事切れたヘロルドの眼から光が消え、それきり、男はぴくりとも動かなくなった。
 この二百年という歳月の中で、アザエルはベリアルの存在を忘れた日は無かった。しかし、再びその名を耳にする日が来るとは予想だにしていなかった。
 水剣を消失させると、アザエルは静かに地を濡らす血溜まりを見つめていた。
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