Addict -中毒-
―――
予定していた一ヶ月を少しだけ早く切り上げ、私は日本に帰ってきた。
高級スパリゾートでエステを受けて、温泉に浸かったら、あの甘美なまでの出来事はすっかり私の中から消えていた。
そうして迎えたその週の金曜日―――
私はまたもバーに、向かった。
身も心も軽くなった私は、彼に会えるかな?など淡い期待を抱かずにいつもどおりの気持ちで気軽にお酒を楽しむつもりだった。
いつもの特等席に、彼の姿を見るまでは―――
「いらっしゃいませ」
バーテンのユウくんの相変わらずそつのない挨拶に、彼が顔を上げた。
あの、一ヶ月以上前に見た整った顔がオレンジ色の照明に照らし出され、彼をより一層幻想的に、そして色っぽく魅せていた。
「やっと会えた」
彼は人懐っこい笑顔を浮かべて、何でもないように私に手を振った。
そしてすぐにちょっとだけ眉を八の字に下げると、
「もう会えないかと思った」
と、苦笑いを漏らした。
寂しそうな笑顔を見て―――私の心臓がきゅっと音を立てて縮まった。
スイスで一ヶ月近くも掛けて身も心もリセットして、ようやく何もかも忘れられた。
そう思ったのに、たった一瞬で記憶が鮮明に蘇り、私の中を乱暴に掻き回す。
――――素直な笑顔に彼が持ちえる特有の可愛い姿が見え隠れしていた。
私は―――この笑顔を見て、引き返すべきだったのだ。
だけどもう後戻りはできない。