Addict -中毒-


何もかも捨てて激しい恋に飛び込む勇気と覚悟は無いくせに、中途半端な優しさを、ほんの少し気がある素振りを見せる私は


もしかしたらこの男よりもっと酷いかもしれない。


「俺、酔っちゃった~。紫利さんと一緒のお布団でねんねしたいな♪」


と、子供のように甘えた調子で言われると、母性本能というものが私の中に生まれ、


どうしようもなく可愛く思ってしまう。


私が彼の頭を軽く撫でると、彼は私の肩にもたれかかってきた。


初めての感覚に戸惑いながらも、その感覚が心地よくいつまでもこうしていたいと感情が溢れ出す。


彼の優しい重みを感じながら、


私はギブソンを注文した。


「まだまだよ。私は酔っ払ってないもの。寝たかったらお一人でどーぞ」


「冷たいなぁ。って言うかツンデレ??」


そう言って拗ねては見せるけど、その横顔はどこか嬉しそう。


「優しくしたり、冷たくしたりさぁ。イタイケな男の子を弄ぶなよ」


「誰がイタイケな男の子よ。あんたは狼よ。もしくは蜘蛛。糸の巣で綺麗な蝶々を虎視眈々と狙う蜘蛛オトコ」


私の皮肉にもめげずに、彼はまた少し笑った。


「スパイダーマンかぁ。かっこいいな。俺、女にそんなこと言われたの初めて♪」


彼はクスクス笑い、グラスを傾ける。


「あなたは蝶々夫人?」


「口説き文句にしてはロマンチックね」


私は思わず苦笑を漏らした。


でも―――ギブソンを飲み込みながら、少しだけ考えを改めた。


「Con onor muore chi non puo serbar vita con onore.」


「え?」





「“誉のために生けることかなわざりし時は、名誉のために死なん”


マダムバタフライ―――蝶々夫人の辞世の句よ。あのお話は悲劇なの」





「………ああ」


彼は目を細めると、遠くの方を見やった。


その視線はどこか遠く―――うんと遠くを彷徨っているように見えた。






「子供の前で自害するやつだろ?最低な母親だな」






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