HOPE
 「やめろー‼」
 電車の轟音が近付いて来ると同時に、天道の声が聞こえた。

 気付くと、僕は踏切の向こう側に突き飛ばされていた。
 そして、僕に覆いかぶさる様な状態で、息を切らしている彼女の姿があった。
 天道は僕の胸倉を掴む。
「何て事をするんだ!? 死んだら全部終わりなんだぞ!! 死んだら……宮久保さんにも会う事だって出来ないんだぞ!!」
 その言葉に、ハッと我に返った時には、僕の体はがたがたと震え、頬には涙が伝っていた。


 街灯だけが照らす夜道を僕等は歩いていた。
今更気付いたのだが、彼女の服装は制服だ。
まさか、こんな時間まで僕の事を探していたのだろうか。
「ごめんな。変な事して……」
「いや。もしかしたら、私にも非はあったのかもしれない」
 彼女の声には、いつもの様な活気はなかった。
「私は、この高校にバスケ部の推薦で入学したんだ。でも、他のメンバーの性格がかなり悪くてな。虐めのターゲットにされてたんだ。靴に穴を開けられたり、トイレで服を脱がされたり、あの頃の私は本当に惨めだった」
 以前、聞いた事がある。
 女子バスケットボール部の噂。
 それは部内での壮絶な上下関係、俗に言う虐めだった。
 先輩と後輩の間で問題が起き、体育館で全校生徒が集まっての集会が開かれた程だ。
「一学期の総体が迫っていた時の事だった。もう限界だった私はその虐めの首謀者に怪我を負わせた。知ってたか? うちのクラスの担任は、その子の姉だったんだ。だから、私は担任に頭が上がらなくて」
「もう良い!」
 僕は彼女の言葉を遮った。
 そんな汚れた話は、聞きたくなかった。
 天道が……そんな事の為に琴峰の犬になった話なんか。
「もう良いんだ。大体分かったから」
 彼女の僕を見る表情は、驚いている様にも見える。
 そして、彼女の頬に涙が伝う。
「初めてだ。お前みたいな奴……。あの日から……その事を知った奴は、皆が私を軽蔑したのに……」
 初めてだった。
 こんなに天道がか弱く見えたのは。
 僕は彼女の手を強く握った。
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