モラトリアムを抱きしめて
はっちゃんはいつもの調子で何も言わず、ただ私の手を握ってくれた。

「そう、そうよ。 あの日、学校で馬鹿にされたのよね……」

身なりの汚い私が馬鹿にされるなんてしょっちゅうで。でもその日は最悪だった。

体育の時間に担任に呼び出された私は、下着はつけないのかと言われたのだ。

女の優しい先生だった。

けれど、そのせいで帰る頃にはクスクスと噂されるまでになっていた。

親切だったと思う。けれど、私はひどくショックをうけた。

ブラジャーを買ってもらえないことではない。

そういう事を教えてくれる人が近くにいないということ。

どんなに汚い服でもいい、買ってくれなくたっていい、そういう事をちゃんと考えてくれる親が欲しかった。

ううん、母に、母と一緒に考えたかった。

「悔しかったよね、みんなは当たり前に思春期になったらブラジャーしてるんだもん」

小さなことでも、その後の人生を左右すると今では思う。


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