飛べない黒猫
あの日の事は、今でもハッキリ覚えている。
何度も何度も、繰り返し蘇る悪夢は、けっして記憶の中で風化しない。


許しを請う母親の声…そして、長く響く悲鳴…

真っ赤に染まる背中、手に付いた血のヌルヌルとした感触…


耳をふさぎ目を閉じても、振り払えない鮮明な記憶は、夢の中にまで現れて真央を恐怖の淵に追い込むのだ。



「真央が…いけないの…
真央の、せいで…お母さん…
家に帰ったら、お手伝いさん、死んでいて…
おそろしくて…悲鳴あげて…
犯人が、黙れ!って言ったのに…
怖くて…叫んだの…
騒ぐと、殺すぞ!って…
でも、真央が…叫んだから…
お母さんが…真央を…かばって…うっ…
うっ…
お母さん、お母さん…
えぇっ…えっ……」


蓮は、震える真央の肩に手を添えた。


「真央が…静かにしたら…声を出さなかったら…
死なずにすんだのに…
真央の…せい…
お母さん、死んだの…真央のせい…」




蓮は真央を抱きしめた。



「うん、もう、いいよ…
わかったから。
辛かったね、ずっと。
苦しかったね…」


声を出さずに真央は泣いた。

いつも、こうして誰にも気づかれないように、息をひそめて泣いていたんだろう。



真央は殺人の現場に居合わせて、ショックで失語症になったわけではなかったのだ。


声を出したせいで、母親が死んだと自分を強く責めている。

声を出すこと、イコール、罪の意識となり、精神的要因で発声することが困難な状況になったのだ。

6年もの間ずっと、自分を責め続けていたのだった。



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