飛べない黒猫
「コートを、お預かり致しましょうね。
あらあら、濡れてしまって…。
雨、まだ降っていました?」


真っ白な割烹着を着て白くなりかけた頭髪を優雅に結い上げた初老の女性が、コートを受け取り蓮に話しかけた。


「えぇ、霧雨のような弱い雨です。」


「あら、まぁ…!なんて綺麗な色の瞳なんでしょう。
わたくし、おばあちゃんですから海外に出かける機会なんかも無いでしょ?
黒い瞳以外の方を存じ上げてないものですから…
あなたの瞳…
そうよ!こちらのお嬢様が作られる硝子細工みたい、とても綺麗だわ。」


蓮を見上げて覗き込む。


「あ、紹介が遅れたね。
家の事と、娘の世話をしてくれている和野さん。
彼女の料理は絶品なんですよ。」


「あらあら、絶品だなんて…
今日は腕によりを掛けてこしらえました。
お客様がみえる事は滅多にないんですもの、張り切りました。」


嬉しそうに微笑む。
背筋をピンと伸ばし、テキパキと作業する仕草は年齢を感じさせない。


「僕、腹がペコペコなんです、楽しみです。」


「嬉しいわ。
さあ、寛いで下さいな。どうぞ、こちらです」



案内された居間は明るく暖かかった。
暖炉の火は赤々と燃え、飾られた生花の甘い香りが微かにした。


一足先に居間に入った洋子の抑えてはいるが興奮した声が聞こえる。

「あぁ。まるで映画のセットみたい、素敵だわ…
あっ、このチークの無垢材テーブル…」

骨董品屋で探していたお目当て品を見つけた時のように、目を輝かせて話している。


洋子は古い家具に夢中の様子だが、蓮は壮大な壁一面の大きな窓に目が行った。
サッシでない今どき珍しい木枠の窓からは、ライトアップされた庭がぐるりと見渡せる。


その一等席の窓際に、縦に細長いガラスのキャビネットがあった。
中にライトが内蔵されていて、飾ってあるステンドグラスを照らしている。

小さな写真立て、という感じ。
花と蝶が描かれた美しい手の込んだ物だった。


そういえば、さっきお嬢様が作るガラス細工って言ってた…
これがそうなのか?

蓮は顔を近づけ、光に透けて美しい色彩を放つガラスの作品を眺めた。

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