飛べない黒猫
3人が書斎に行くと、洋子は無言のままお茶を用意して運んだ。


残された蓮と真央は、そのまま座って2人が戻るのを待っていた。


真央は何度か蓮を見て、心配そうに様子をうかがっている。
目が合った時、蓮はニコリと微笑んでみたが、その笑顔は引きつり、すぐに真顔に戻ってしまった。

蓮は視線をそらし、テーブルに置かれた自分の手を見つめる。

そして目を閉じた。



青田や男が言った言葉。
それが、頭の中で渦を巻いている。

事件、被害、アメリカ兵…


生まれた頃の話など聞いた事がない、勿論、父親の事も。

洋子は、結婚せず、認知も無いまま蓮を産んだ未婚の母だった。


洋子は北海道で生まれて、そこには遠い親戚がいると聞いていたが、蓮はまだそこへ行った事も無かった。

一人っ子だった洋子は早くに父親を亡くし、母親も蓮が幼い頃に亡くなっていた。
もともと希薄だった親戚付き合いも、親が亡くなった事で繋がりを失ってしまった。



以前は、自分がいったい何者なのか知りたいと思う気持ちもあった。

だが、洋子が頑なにその話題を避けるので、子供心に触れてはいけない事なんだと感じ、聞くのを辞めていた。


きっと、自分は、望まれて生まれてきた訳ではないのだ。


うすうす感じていた事が、事実として目の前に突きつけられるのを恐れた。

だから、ほんの数パーセントでも、希望を残して暮らしていけるのなら、知らない方がいいとまで思うようになっていた。




30分が過ぎた頃、書斎のドアが閉まる音がした。

玄関を出て行く足音が聞こえ、また、しーんと静かになった。


数分後、青田と洋子が戻った。

青田は、男から受け取った封筒を持っていた。



「蓮くん、真央…
2人とも、こっちに来てくれないか。
大切な話があるんだ。」

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