【BL】風鈴が鳴る頃に[短編]
突然のことにぼんやりしている俺の腕に、チクリとした小さな痛み。


彼に腕をつねられたんだと分かると驚いたが、それよりも「話を合わせろ」とでも言うような、強い瞳に体が強張る。


(落ちつけ、俺はただ彼に合わせるだけでいい……)


「そっ……そ、そうなんですっ。俺ら花火大会行かなきゃならないんでッッ」


じーさんの視線が俺から彼に、ゆっくりと移る。


「まーた随分きれーなコだねぇ〜。このコの友達なのかい?」

「そう。だから返してもらう」


随分とはっきりした口調。さっきよりも低い低音に、何故だか背筋がゾクリとする。


そんな時、君の手が自然な仕草でじーさに掴まれている俺の手に、スゥーと触れた。そんな些細な動きさえ、とても優美な動きに感じる。


(……あれ、?)


すると何も無かったようにじーさんの手は俺から離れていた。魔法みたいだ、少しも力は入っていなかったのに……。


じーさんに向き直った君は、何を思ったのかじーさんの耳元に顔を寄せる。



「俺に惚れんなよ、おっさん。
……ほら、行くぞ」


君はさっと身を翻すと、そのまま俺の腕を強引に引っ張る。
逆らうことも出来ずに、俺はただ彼の後ろ姿を見つめている事しか出来なかった。


ハァっ…ハァっ



息が乱れる。それくらい速いペースで彼は、どんどん人ごみの中を縫うように抜けて行く。
決して息を乱すような事もなく、なにくわぬ顔で俺の腕を引っ張っている。


何処に向かっているのかも分からない。何故彼が俺を助けてくれたのかも謎のままだ。
汗一つかいていない余裕で完璧な彼の姿が、何だかとても嫌味に感じた。


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