【BL】風鈴が鳴る頃に[短編]
君のペースに流されている頃に


ハァっ……ハァっ


しばらくして彼はやっと歩みを止めた。そして何事もなかったかのように、さっと腕が離される。
俺は膝に手を置いて息を整えると、少し前を歩いている彼の後ろ姿を追いかけた。


――ここはどこだろう。辺りを見渡して見ても、さっぱり分からない。


見上げる程背が高い、大きな木が印象的で。幹が凄く太いから、ずいぶん前から今も変わらずそこにあるんだろう。
その上には見計らったような綺麗な満月。物語の中から飛び出したような幻想的な風景。
こんな場所があったなんて今まで知らなかった。


改めて目の前にいる彼を見る。
長めの藍色の髪が、彼の中性的な見た目をさらに引き立てている。

……あっ、俺はまだ大切な事を君に言っていない。



「た、助けてくれてありがとなっ。正直あのじーさんしつこくてどうしようかと……」


俺はそこまで言って言葉を切る。何故かって、だって君がいきなり笑い出したから。


「ははっ、ありがとうだって……。いかにもあんたが使いそうな"シンプル"な言葉だな」


吐き捨てるように言われたその台詞に、俺はただ呆然とする。君の言葉はまだ続く。


「別に俺は、あんたを助けようとした訳じゃない。……勘違いするな」


冷たさ含んだ鋭い眼差しに身が縮こまる。混乱で回らない俺の思考は、ますます陳腐な言葉を紡ぐ。


「……でっでも、結果的に助けてもらった事には変わらない。そ、それじゃダメかよ」


少しむきになっていた気がする。
理由がどうであれ、俺は君に感謝してんだ。それに……話して、みたかった。そんな偶然を君はくれたじゃないかっ。



「クッッ……ハハっ。あんた……ちょっと変わってんな」

(……えっ)


君の切れ長の目が、細められる。


「ねぇ、何むきになっちゃってんの?」


にやりと音がしそうな、憎たらしい笑み。物凄くバカにされた気分だ。


体を巡る血液が一気に沸騰するのが分かる。同時に熱くなった顔が悔しくて、さっとそこから顔を逸らした。
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