蝉時雨
「んー?」
蛇口から流れる水音に混ざって
のんびりとした返事が返ってくる。
「菜々子が降りてくるちょっと前にさ
誰かと電話してた?」
「ん?ああ、悪い。うるさかったか?」
「ううん。
ちょうど起きたときに聞こえてきたから」
「それならよかった」
何の気ない、明るい声と同時に
絞められた蛇口の音がキュッと高く響いた。
私はテレビに向けていた体を
涼ちゃんの方へと向け直した。
涼ちゃんは運んできたグラスをリビングの
テーブルにおいて冷蔵庫を開けて、
「あ、そうだった」と声を漏らしている。
そしてこっちに向けて少し体をひねらせた。
「母さんが菜々子にケーキ買って
来てたんだった。食べる?」
「え?うーん、どうしようかなあ」
「さっき起きたばっかだもんな。
寝起きにケーキはきついか」
「ちょっとだけ食べる」
「あははっ。りょーかい!」
私の答えがおかしかったのか
短く声をあげた後で、
いつものように楽しそうに
にかっと笑った。