冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「おや…鋼南の社長さん。いつもと違う格好で、分かりませんでしたわ」

 和服の女将が迎え入れてくれる。

「あいてっか?」

 予約もなくジーンズのカイトは、しかし、ちっとも悪びれずにそう聞いた。

 それどころか、大上段である。

「おや…相変わらず、強引なお仕事ぶりですなぁ…惚れ惚れしてしまいますわ。さぁ…どうぞ。お席をお作り致します」

 お連れさんも、どうぞ。

 カイトの肩越しに後ろを見る女将。
 彼も、軽く後方を見やった。

 メイが―― 惚けていた。

 一体、自分がどこに連れてこられたのか、まったく分からない様子だ。

 キョロキョロすることさえ忘れて、立ちつくしている。

「来い…」

 手首を掴んで引っ張る。

 軽い身体だった。

 いや、抱き上げているわけではなく引っ張っているだけなのだが、彼女はまだ我に返っていないようで、簡単に引っ張れるのである。

 中居に部屋に案内され、彼女と向かい合って座った。

「今日は何をご用意いたしましょう」

 中居の言葉に、カイトが細かく答えられるハズもない。

 大体、どんな料理があるかも、彼はよく分かっていなかったのだ。

「任せる」

 あたかも来慣れた風を装って、そう言うしか出来ないのである。

 メイに、それを悟られるワケにはいかなかったのだから。

「かしこまりました」

 ふすまを閉めて、中居が下がっていった。

「あの…」

 ようやく、メイが声を出す。

 まばたきを、2回3回と繰り返して顎を巡らせるのだ。

 畳敷きの部屋。床の間、掛け軸、生け花。

 年を重ねた女将と、仕事人たちが集う厨房。

 そう。

 ここは――料亭なのだ。
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