冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 こんなところで、記憶を呼び覚まされるとは思ってもみなかった。

 しかし、いま持ち出すには余りよくないもので、それを意識から追い出そうとした。

 けれども、記憶から現実に戻ってきたら、視線の痛い沈黙のまっただ中だったワケである。

 とっとと。

 メシ持ってこい。

 とてもじゃないが、料亭で考えるセリフではなかった。
 しかし、いまはもうそれが来ないと、この空気を打ち砕けないような気がしたのだ。

 メイだって、うまい料理を食べたら、きっともう少しは。

 カイトは願ったが、なかなか料理は運ばれてこなかった。

 ここは、ファミリーレストランではないのだ。
 先に、付け出しとお銚子が運ばれてきてしまった。

 彼女と酒を飲めというのか。

 これまた、考えてもいなかった事態にカイトの頭の中が、余計な思考でいっぱいになる。

 朝起きたら。

 同じベッドに、彼女が。

 恐ろしい出来事だった。

 カイトは、お銚子を取った。

「ほら」

 軽く腕を動かして、彼女につごうとした。

「あ、あの…私、お酒はあんまり…あ、つぎますからどうぞ」

 瞬間。

 カイトは地雷を踏んだ。

 彼女は手を伸ばして、別のお銚子を持ったのだ。
 そうして、カイトの方へと傾けようとしてくれるのである。

 ムカーッッッ!!!

 とにかく、腹の立つ事態だ。

 彼女が、自分のお酒を飲まないということについての怒りではなかった。

 そうではなくて、あの仕事を。
 メイが前に働いていた仕事を、彷彿とさせるような状況だったのである。
 
 とにかく。

 彼女が誰かにお酌をしようとしている。

 それが、たとえ自分であったとしても、ムカついてしょうがなかったのだ。

「酒は…ナシだ」

 カイトは、不機嫌を隠さずに、テーブルのお銚子を遠くに追いやった。

「あ…」

 しゅうんと。

 更に、彼女のテンションが下がっていく。

 メイは、彼の心なんか全然分かってもいないのだ。

 そうじゃねぇ!

 内心で怒鳴りながら、眉間のシワの深さを変えるだけだった。
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