冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 カイトは、家までの最短距離の道を走った。

 こんな空気の中に、いつまでも浸かっていたくなかったのである。

 理想では、いまごろすごくうまい食事をして、メイが彼を見直しているところだったのだ。

 『おいしかったです』と、嬉しそうな笑顔で話しかけていてくれる予定だったのだ。

 なのに。

「おいしかったです…ね」

 しかし、メイはそう言った。

 空想上ではなく、現実の、いま助手席に座っている彼女がそう言ったのである。

 耳を疑った。

 そんな反応が出てくるとは、思ってもみなかったのだ。

「世辞はいい」

 けれども、すぐにそう切り捨てた。

 彼女の性格上、ご馳走してもらった料理について文句を言うことなどないと思ったのだ。

「お世辞なんかじゃありません!」

 ばっと、カイトの方を向き直る身体。

 その勢いに、思わず飲まれてしまいそうになる。

「お魚の煮付けなんて、ホントに…あんなにおいしいのを食べたのは初めてです! あの湯葉だって…お世辞なんかじゃなくて、ホントにおいしかったんです!」

 拳を固めて力説するのは、料理を作る側の人間だからだろうか。

 しかも、料理の内容まできちんと覚えているのである。

 彼は、湯葉が出てきたことさえ覚えていないというのに。

 カイトには分からないが、きっと料理を作ろうと努力をしている者は、食べるだけの人間とは味わい方が違うのだろう。

 確かに。

 カイトだって他人が作ったゲームをする時に、純粋なゲーマーな自分はいない。

 作り手として見てしまうのだ。
 多分、それと似たようなもの。

 ということは。

 彼女が、こんなに一生懸命に訴えてくるということは―― 本当に、メイにとってあの料理はおいしかったのだ。

 それはどうやら間違いないようである。

 しかし、つじつまが合わなかった。

 カイトは、おいしく感じなかったのだ。
< 411 / 911 >

この作品をシェア

pagetop