冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 胸にぶら下がっているものを引っ張る。

 ネクタイだ。

 しかし、さっきまでと何よりも違うものだった。

 そのまま手を上げる、その喉元。

 結び目に触れた。

 いつも、自分でイヤイヤ締めるより、シュウに無理矢理締められるよりも、もっと細い結び目。

 もっと苦しくない締め方。

 まだ、そこに彼女の手の感触が残っているような気がした。

 んなコトするために、わざわざ。

 カイトのネクタイを結ぶために、わざわざあの格好のまま、部屋を飛び出してきたのである。

 階段で止まっていなければ、きっと彼女はカイトを捕まえることは出来なかっただろう。

 彼は、とても短気なのだから。

「カイト」

 誰よりも今、カイトを捕まえたがっている男は、階下にいた。

 階段の登り口の側まで来ているのが、声の届き具合で分かる。

「るせぇ! だぁってろ!」

 邪魔すんな!

 カイトはまた怒鳴り返した。振り返りもせずに。

 邪魔……すんじゃねぇ。

 結び目に触る。

 昨夜から暴れていた感情は、まだ彼の中にある。

 あのメイという女に向かうと、自分がおかしくなるような気がした。

 けれども。

 この結び目に触っていると、何か分かるような気がしたのだ。

 彼は、見逃した鳩を見るために、もう一時間待ったりする性格ではないのだ。

 機械をいじるのは得意だ。

 バラせるなら、すぐにでもドライバーで家をへっぱがして、鳩を引きずり出すだろう。

 しかし。

 心の中の鳩時計をバラしたことはなかった。

 しかも、中の鳩は――彼が、いままでに見たこともないチョコレート色の鳩。
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