前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
「安心しろ、大雅。豊福は未だに鈴理を想っているし、僕は僕で彼に片思いだ」
睨み合っていた双方、目を見開いてしまう。
ぎこちなく視線を流せば、「豊福を放せ」彼に手荒なことをすることは僕が許さない。御堂先輩が段を上がって、俺達の間に割って入った。
「同校生のくせに、ね。君達こそ豊福と同校生のくせに、なにも彼が見えていないんだな。こんな茶番に騙されて」
だからこそ腹立たしい。普段の生活では常に一緒にいるくせに。
皮肉を零して、「ごめん豊福」君の下手くそな演技は見ていられなかったよ。僕は君の泣き顔を見たくないからね。
言うや、彼女は大雅先輩の手から胸倉を放させ、しっかりと俺と手を結んできた。そのまま階段をくだる。
その際、「庶民と財閥が婚約したなんてそう例はない」ということは、それだけの理由があるということだよ。王子は肩を竦めた。
「ひとつ言えることは、その理由があろうと無かろうと僕は彼を守り続けるということ。片思いでもいい。僕は豊福の王子であり続けたい」
ねえ、そこの王子は足掻くことすらやめて“王子”を辞退したのかい?
あれほど騎士(ナイト)になると言っていたのに、その意気込みは何処へやら。笑っちゃうね。
……現実に足掻かない君なんて、僕の好敵手じゃない。何も動かない君なんて、僕の好敵手じゃないよ。鈴理。
「つくづく失望させてくれるね。もっと張り合いがあると期待していただけに」
吐き捨てるように告げて、平坦な床に飛躍する。
つられて飛躍した俺の着地を見届け、「僕が彼を幸せにする」だから安心して大雅といちゃついておくんだね。ひらひらっと王子が手を振った。
「ウゲッ」「なッ」それはすこぶる嫌だと顔を引き攣らせる俺様、あたし様。
いや、あんた達、建前でも婚約しているでしょうに。
やや呆れを抱いた刹那、
「好(よ)き青春だな。こんなところでさえ若人諸君は青春の場にしてしまう。若いとは微笑ましい限りだよ」
第三者の声音。
くつくつと喉で笑い、階段をのぼってきた人物に俺以外の財閥組が反応を見せた。
「あ、貴方は」やや怯えを見せるのは宇津木先輩。
あからさまに緊張しているのは大雅先輩と鈴理先輩。
舌打ちを鳴らして嫌悪感を丸出しにしたのは御堂先輩だった。
含み笑いを浮かべて此方に赴いてくる老人を捉えることに成功する。
ジェントルマンと呼ぶべきオーラを醸し出している老人は杖をつき、秘書らしき女性を引き連れて俺達の前に立った。
外貌は70過ぎに見えるけれど足腰がしっかりしたじいさんって感じ。
ジェントルマンのオーラの中に、今の現役バリバリですオーラを出している。
見た目は好印象なおじいさんだけど……。
「クソジジイッ」
鈍感な俺はようやく察する。
この人が御堂先輩のおじいさん。
御堂家の長で財閥界の養命酒、じゃない、財盟主と呼ばれているエッライ人の一人。
なにより俺達の借金を肩代わりした張本人、御堂淳蔵さん。
「なんで此処に」露骨に嫌悪感を醸し出している孫を涼しげに見やる淳蔵さんは、「孫に会いに来たんだ」エントランスホールで待てど暮らせど姿を現れないものだから、捜しに来たとか。
尤も、財閥の人達に聞けばすぐ場所は把握できたそうな。
朗らかに笑いかける淳蔵さんだけれど、御堂先輩は鼻を鳴らすばかり。
後ろの財閥組は緊張しっぱなし。
宇津木先輩はともかく、あたし様や俺様を硬直させるなんて、どんだけ偉い人なんだろう? この人。
淳蔵さんは俺に視線を流して挨拶を口にしてくる。