前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―



「空。俺の服を脱がしてくださいの語尾に、にゃんを付けてみて欲しいのだが」

 
「え゛?」母音に濁点を付ける空だが(予想外だったに違いない!)、有言実行しなければいけない使命感に駆られているのか、ぼそぼそっと呟いた。
 
「聞こえないのだが」耳をダンボにする鈴理に、「ぬ、脱がしてください…にゃん」ぼそぼそ。「なんだって?」意地悪をすると、「だっ、だから」脱がしてください…にゃん、彼はぼそぼそ。

 
やはり聞こえないと鈴理は鼻を鳴らし、白々しく腕を組んだ。
 

「なんでもするんじゃなかったのか?」

「(うぐっ! まさかこんな試練が待っていようとはっ!)せ、先輩。どうか俺の服を脱がしてくださいにゃん!」

 
にゃあ。招き猫のポーズを取ってくる空に大爆笑である。
 
腹を抱えて、「これは酷い!」色気も何もないではないか! ムービーに撮っておけば良かった!

ゲラゲラヒィヒィ笑い転げる鈴理に、「ひ。酷いっす!」これでも頑張って願いを叶えているのに! 赤面している空の顔を見てまた笑声を上げてしまう。

今しばらく発作はおさまりそうにない。
わなわなと震える空を一瞥しては噴き出してしまう。

「は、腹が捩れそうだっ。し、死ぬ! 可愛げはあるのにっ、色気が台無しっ……ぷはははっ!」

「お。おぉおお俺は大真面目に誘っているんっすよ!」

「なら今度はぴょんで誘ってみてくれ」

「ぴょ、ぴょん?」引き攣り顔を作る彼に、「なんでもするんだろう?」鈴理は口角を持ち上げる。

「ほら、うさぎさんになってみてくれ」

「う、うさっ……」

「空、ぴょーんは? あ、折角のなりきりうさぎだ。寂しがり屋の設定も付けて欲しい。うさぎといえば寂しがり屋だろ? 寂しくて構って欲しいみたいな台詞があると萌えなのだが」

「(お、おのれあたし様。調子に乗ってからにぃいいい!)」

「おや? 言えないのかなー? なんでもするんじゃないのかなー?」



「~~~っ、お……俺の服を脱がしてくださいぴょん。さ、寂しいぴょん。構って欲しいぴょん」



今度はポーズこそ取らなかったが、一生懸命うさぎになりきって誘ってくる彼。
 
なんて可愛いけれど可愛くない誘いなのだろう! 

やはりそういう台詞は童顔の男の娘が言ってこそ価値がある。
彼みたいな普通くんには似合わない。酷すぎるお誘いだ。
 
もはやあたし様は酸欠状態である。目尻に涙を溜め、膝を叩いて大笑いばかり。


「先輩!」


喝破してくる後輩が唸り声を上げた。彼は真面目に誘っているつもりなのだろう。
そういう生真面目さが馬鹿で可愛いのだ。

悪いわるい、片手を出して鈴理はようやく折っていた体を戻した。
 
期待に応えなければな。
くつくつと喉で笑い、マットに座るよう指示した。

それまで羞恥を噛み締めていた後輩が一変する。物静かにマットの上に腰を下ろした。
 
彼の前に片膝をつき、視線を合わせる。
 
何も言わず右の手を取って自分の胸元に押し当てる後輩。


ボタンを外せ、そう誘っているのだろう。


玲と触れない約束を交わしているというのに、彼から触れられては元も子もない。

この野郎は自分の理性を試しているのだろうか。


「おねだりはなんて教えたか覚えているか?」問いに、「覚えていますよ」今だって体に染み付いている。空は淡く綻び、空いた手を頬に伸ばしてきた。


「先輩。貴方を俺にちょうだい」


―――…憎い、と思った。
 
簡単に押し倒される彼も憎ければ、こうして望む光景が目の前にある状況も憎い。

がむしゃらに努力して取り戻そうとしているというのに、それを打ち砕いてしまうような誘惑も憎い。


なにより、彼に無理強いさせているこの現実(リアル)が憎い。
 

小さな円盤形のそれを上から三つまで外していく。
 
婚約者の独占欲が首から鎖骨にかけて垣間見える。
あの男嫌いが本当にこの男を愛し始めているのか。

愛す、なんて子供の自分達にはしごく不似合いだが。

「空」

そっと髪を梳いてやる。
にゃあ、聞こえるか聞こえないか、そんな声で鳴いてくる彼には苦笑してしまう。

彼なりにおねだりをしているつもりなのだろう。

その両手の平を重ね、指を絡める。
しっかりと指を絡め取ってくる後輩はジッと此方の動きを観察するばかり。
 
悲しきことに命令すれば彼は従順に従い、その期待に応えようとするのだろう。


嗚呼、「鈴理先輩」嫌なくせに、「今の俺は」こんな不純な行為、「貴方の物っす」誰よりも嫌悪しているくせに。
 

「罪を犯す気分だな。これが浮気の真骨頂か」
 

「大丈夫です。貴方ひとりに罪を押し付けるつもり、毛頭ありませんから。

不安なら口実を作りましょうか。
婚約者に相手にしてもらえず、欲求不満が溜まりに溜まったフシダラな男が元カノに言い寄った。そう、今の俺は欲求不満なんですよ」


「空は童貞だろうに」


「童貞くんでも欲は存在しますよ。……さて、お試しはここまでにしましょうか。鈴理先輩、合意してくれます?」


 
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