狂想曲


数十分して迎えに来たキョウは、そのまま自分のマンションに向かった。

奏ちゃんの匂いのしない、無音の部屋に。


幸福の木は、前より少し葉を増やしていた。



ソファの端で膝を抱えたまま、それでも泣くことしかできない私に、痺れを切らしたようにキョウが先に口を開いた。



「10日くらい前にさぁ。俺のおふくろ、死んじゃって。飲まずに隠し持ってた薬を一気に摂取して、昏睡状態になって、そのまま」

「……え?」

「葬式、誰もこないの。まぁ、ずっとあんな感じだったし、身内とも絶縁状態だったから、しょうがないんだけどさぁ」


キョウは、ソファの反対の端で顔を覆う。



「骨ってな、しばらくはあったかくて。あぁ、これが母親のぬくもりなんだよな、って、今更思い出しても遅いよ、って」

「………」

「俺、これでほんとにひとりだなぁ、とか思ったら、何か悲しくなって」

「………」

「こんなことになったのは親父の所為なのに。なのにあいつはもう死んでるから、恨んだってどうしようもなくて。だから俺はやっぱり弟を憎むことしかできなくて」

「………」

「あいつは生まれた時から俺にないものばかり持ってて、なのにすべて失った俺にたったひとつさえくれることなく、今ものうのうと幸せを享受してて」

「………」

「俺はさぁ、どうしたらいいんだろう、って」


自嘲気味に漏らしながら、私へと移された瞳。

それはまるで助けを求めてるみたいだった。


私は手を伸ばした。



「ねぇ、キョウ。私と一緒に暮らせばいいよ」

「……え?」

「キョウは寂しいんでしょ? だったら私がキョウの傍にいてあげる」


キョウの傍にいてあげたいというのは、確かに本心だ。

でも、もっと奥底には、奏ちゃんと暮らすあの部屋に戻りたくないから、という気持ちもあった。


私は卑怯だから、奏ちゃんから逃げるために、キョウを理由にしてしまう。
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