天体観測
十二時過ぎ、急に恵美から電話がかかってきた。

「もしもし、司?今どこいる?」

「ここは地獄一丁目」

「そっか。惜しい人を亡くした……」

僕が何か言い返す前に、恵美は電話を切った。

恵美はたしかにきれいで、学校でもお熱の男達が何人もいるのだが、そういう男たちはこういうめんどくさいことをしたりすることを、きっと知らない。

もしも知っていて、それでも想っているのだったら、それはもうノーベル平和賞ものだ。世の中そんな奴らばかりなら、きっと戦争なんて起こらないだろう。

しばらくして、もう一度電話が鳴った。

「かけ直してきてよ。寂しいやんか」

「俺、今日こそ受験生のつとめを果たすから暇じゃないんだ」

「つまり、家にいるってことね。司、お昼ご飯は?」

「食べた」

「何を?」

「バタートーストとアイスコーヒー」

「じゃあそれでいいから用意しといて。じゃあ」

また、僕が返事をする前に切れた。あいつは僕をなんだと思ってるんだ。たぶん、恵美の一番悪いところは強引なところだ。可愛く言ったらわがままってやつだ。わがままってやつが可愛いかはわからないけど。

僕は仕方なくキッチンに行き、仕方なくフライパンでバターとトーストを焼きはじめた。

こういう甘いところが、恵美をつけあがらせるのかもしれない。それはわかっているのに、自分が食べたものよりいい出来のものを作ってしまう自分が、虚しかった。たしかに僕は変なところで優しいのかもしれない。

一時を少し過ぎたとき、チャイムが鳴ったので、玄関に向かった。僕は、恵美にどんな罵声を浴びせようか、それだけしか考えていなかったから、ドアを開けたとき、本当に驚いて地獄一丁目が見えた気さえした。それでも、平静を装うことに成功した僕は自分で自分を褒めてやった。

「何しに来たの」

「父親が息子の顔を見に来た。それだけだよ」

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