天体観測
「恵美から?」

「ああ。さすがにご家族の同意を得ないと言えない。司の言うように守秘義務があるからな」

「恵美にはいつ言ったの?」

「昨日の外来前だから……九時前ぐらいだな」

「恵美は、知ってたんだな」

僕は車の中の、恵美が泣いている姿を思い出した。でも、その姿はあれから一日しか経っていないのに、もう何年も昔のことのようで、イマイチ現実味に欠けている。

「じゃあ、病院に戻る」

「夜勤明けなんじゃないの?」

「どうして」

「朝が弱いはずの父さんが、寝起き直後の外来前に今の話を恵美に説明できるわけがないからさ」

「それもそうだ」

父さんは疲れ切っていることをアピールするかのように、抑揚のない声で言った。

「最後に、お前が言っていた『あの二人に背を向けちゃいけないんだ』ってどういうことだ?もしかしてお前たち……」

「僕は、あの二人を知っていて、事件のことを知っているから。知る権利があるってことだよ。もちろん受け身でしか使えないけど。だから、父さんの思ってるようなことは何一つないよ」

「そうか」

「うん」

父さんはソファから立ち上がって、玄関に向かった。その後ろ姿は、哀愁に満ちている。

「ねえ父さん、今度は母さんの手料理を食べに来なよ」

「別れた夫婦は、そんな簡単なもんじゃない」

「母さんが昨日言ってたよ。『私の夫はあなたの父親だけよ。後にも先にもね』って」

父さんは「バカ野郎」と小さく呟き、帰っていった。

時計を見ると、もうすぐ五時になろうとしている。今日も受験生のつとめを果たすことは出来そうにない。
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